明るい部屋:映画についての覚書

日々の映画鑑賞と研究の記録、最新DVD情報などなど。ときどき書評めいたことも。


このサイトはPC用に最適化されています。スマホでご覧の場合は、記事の末尾から下にメニューが表示されます。


---
神戸映画資料館「連続講座 20世紀傑作映画再(発)見」第15回
国辱映画『チート』とサイレント時代の知られざるデミル
詳細はここで。

---

評価の目安:

★★★★(大傑作、あるいは古典)
★★★(傑作、あるいは必見)
★★(見たほうがいい)
★(興味深い)

(基本的に、興味のない映画はここでは取り上げません。なので、ここで話題にしている時点で、それなりに見る価値はある作品であるといえます。)

ケン・ローチ『ファミリー・ライフ』、バロウズ短編映画


元野球小僧としては、やはり WBC は熱中して見てしまった(この話題はもう古いですか?)。

かつて草野進(誰なんでしょうね?)が「デイヴ・ジョンソンは美しかった」(『スポーツ批評宣言あるいは運動の擁護』)と讃えたデーブ・ジョンソン率いるアメリカを破っての決勝の韓国戦は、行き詰まるというよりは、フラストレーションのたまる展開だったが、延長戦になってからがなかなかの緊張感でしびれた。

しびれるといえば、こないだやっと見に行くことができたクリント・イーストウッドの『チェンジリング』もしびれる映画だった(この話題ももう古いですか?)。見る前はストーリーだけ聞いて、オットー・プレミンジャーの『バニー・レークは行方不明』のような映画を思い浮かべていた。もちろん似ても似つかない作品だったことはいうまでもない。とてもエモーショナルな映画で、最初から最後までしびれた。アカデミー賞ではけっきょく無冠だったようだが、これよりもいい映画があったとは思えない。次に控えている『グラン・トリノ』(このタイトルを最初に見たときは、ブニュエル作品がリヴァイヴァルされたのかと錯覚してしまった)もオスカーにはまったく無視されたようなので期待が高まる。

"changeling" というのは、民話などで「さらった子の代わりに妖精たちが残していくと信じられた醜い子」を意味し、大江健三郎の『取り替え子』の「取り替え子」がまさに「チェンジリング」を意味する日本語であり・・・

・・・などという話をしていると長くなるのでやめておこう。このブログは、基本的に、テレビでコマーシャルが流れるような映画は取り上げないことにしているので、『チェンジリング』の話はこのぐらいにしておく。


☆ ☆ ☆


今回取り上げる映画は、ウィリアム・S・バロウズが関わった数本の短編である。


本当は、Family Life という映画を紹介しようと思っていたのだが、何度か書きかけてボツにしてしまった。両親によって妊娠中絶を強要されたことをきっかけに、「心の病」にかかって精神病院にいれられてしまう女性を描いた、ケン・ローチ初期の傑作である。『チェンジリング』の精神病院の場面で出てくるような最初から高圧的な医師とは対照的に、この映画に出てくる精神病医は薬も電気ショックも使わず、対話療法だけで治療をおこなおうと試みるなかなか感じのいい人物だけに、挫折感はよけいにおおきい。なんとなれば、ここでおこなわれる「治療」の過程は、けっきょくのところ、彼女の「病」を生み出したものと同じものだからだ。

不正を調査していた人間が、それを隠蔽する側に取り込まれ(『ブラック・アジェンダ』)、権力との闘っているつもりが、いつの間にか権力の手先になっている(『麦の穂をゆらす風』)。そんな出口無しの状況をケン・ローチは繰り返し描いてきたが、この『ファミリー・ライフ』ほどエモーショナルにそれを描ききった作品はないと思う。だれひとり死ぬわけではないにもかかわらず、ケン・ローチの映画でもっとも暴力的な映画であるといっていい。わたしはこれが彼の最高傑作だと思っているのだが、なぜかこういうものに限って日本では未公開なのが不思議だ。




ボツにしてしまったといいつつ、けっこう書いてしまった。

バロウズの話をしよう。

バロウズ関係の映画では、クローネンバーグの『裸のランチ』をはじめ、『バロウズ』『バロウズの妻』といったドキュメント作品、あるいは本人がカメオ出演している『ドラッグストア・カウボーイ』など、少なからぬ作品が日本でも公開されている。しかし、60・70年代にバロウズ自身が深く関わった数本の映画作品は、ほとんど見る機会がなかった。DVD のおかげでいまではこれらも簡単に見ることができるのがうれしい。

バロウズが映像化を想定して脚本を書き、部分的に監督もした作品のなかでとりわけ有名なのが、Towers Open Fire (63), Cut-Up (66), Bill and Tony (72) の3作だ。この3本はバロウズとアンソニー・バルチのコンビによって作られ、バロウズの映画作品のなかで最も重要な3本といわれる。

アンソニー・バルチの名前はあまり知られていないかもしれない。知る人ぞ知るイギリスの映画監督・ディストリビューターである。60年代初めごろからアート系実験映画、ホラー映画、セクスプロイテーション映画などを公開し、とりわけ、イギリスでは公開禁止だった『フリークス』を公開したことで知られる人物だ。バロウズなしで撮った作品では、『ホラー・ホスピタル』(73) があまりのばかばかしさ故にカルト作品となっている(このあたりについては、中原昌也の本でも読むといいだろう)。

わたしが見た DVD には字幕がついてなくて、台詞が聞き取れないところも多かったが、Towers Open Fire, Cut-Up, Bill and Tony の3作はいずれも興味深く見ることができた。Towers Open Fire, Cut-Up はともにモノクロで、撮られた年代も近いので、似ている部分も多い。いずれも 15分程度の短編だが、最初から最後までめまぐるしいジャンプ・カットの連続で、一度見ただけでは何が何だかわからない。たとえば、Cut-Up は、街を歩くバロウズ、紙に書のようなものを描く Brion Gysin、カットアップが実践される様子、ドリームマシンの映像などなどが、何度も反復されながら矢継ぎ早にモンタージュされていき、そこに呪文のように繰り返される「イエス」「ハロー」「サンキュー」というオフの声が重ねられ、ドラッグ体験にも似た映像世界を作り出している。時代はまだアナログだが、この感性はなんだかデジタルだ。

どれも、見ようによってはSFのようにも、スパイ映画のようにも見える(とりわけ、Towers Open Fire)。一見、他愛もない実験映画のようにも見えるが、これらの作品が撮られたのは、マッカーシーイズムと冷戦の影が深く立ちこめると同時に、マスメディアによるコントロールがあからさまになっていた時代であることを忘れてはいけない。バロウズはそうしたことにはきわめて意識的だった。

カットアップ」も「ドリームマシン」も聞いたことがないという人にはあえて薦めないが、バロウズに興味がある人ならどれも必見の作品だといっておく。


わたしが見た DVD は少し古いので、Amazon のページからはすでに消えてしまっていた。下の DVD はわたしが見たのとは別のものだ。Bill and Tony が入っているかどうかが Amazon の説明には書いていない。バロウズの "Three Films" といえば、ふつう Towers Open Fire, Cut-Up, Bill and Tony を指すので、たぶん入っているはずだ(と思う)。アンソニー・バルチはベラ・ルゴシの熱狂的なファンで、Towers Open Fireベラ・ルゴシのイメージで始まっているらしいのだが、わたしが見た DVD にはこのショットはなかった。下の DVD に収録されているヴァージョンにはベラ・ルゴシのショットは入ってるんだろうか?


(最近になって知ったのだが、日本で発売されている DVD 『ザ・ファイナル・アカデミー・ドキュメンツ』には、Towers Open Fire が字幕付きで収録されている模様。)