明るい部屋:映画についての覚書

日々の映画鑑賞と研究の記録、最新DVD情報などなど。ときどき書評めいたことも。





























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評価の目安:

★★★★(大傑作、あるいは古典)
★★★(傑作、あるいは必見)
★★(見たほうがいい)
★(興味深い)

(基本的に、興味のない映画はここでは取り上げません。なので、ここで話題にしている時点で、それなりに見る価値はある作品であるといえます。)

ロシアの影〜アンチ・ソヴィエト・プロパガンダ映画覚書


アメリカでは、ロシア革命直後のサイレント映画の時代から、多くの反共映画が作られてきた。それは、第二次大戦中の一時期をのぞいて、戦後の冷戦の時代までずっと続いてゆく。つぶさにリストアップしてゆけば、その数は大変なものになるだろう( このページで、そうした作品のある程度の一覧を見ることが出来る)。しかし、それらの反共プロパガンダ映画の大部分は、多くのプロパガンダ映画の例にもれず、今では顧みられることもない。当時でさえ、こうした映画の多くは、興行的には赤字だったと言われている。観客もそうバカではない。共産主義に対するヒステリカルな恐怖が、今では想像もつかないほど社会に漂っていた時代であったとはいえ、反共のメッセージを伝えるためだけに作られた映画に、作品としての魅力が乏しいことに、当時の観客もすぐに気づいたのだろう。作られた当時こそはある程度の需要があったはずのこれらの映画が、社会情勢が変わるにつれて急速に忘れられていったのも無理はないといえる。

わたし自身も、これらの反共映画は、せいぜい作品名を知っているぐらいで、ほとんど見たことがなかったし、あえて見ようという気にもならなかった。それに、そうした作品の多くはビデオにもなっておらず、見ようと思ってもなかなか見る機会がなかったという事情もある。

ところが、最近になってまとめて見はじめた Warner Archive Collection の DVD のなかに、そうした反共映画がたまたま何本か混じっていたのをきっかけに、少し意識して、ソ連共産主義をテーマにしたハリウッド映画を見るようになった。たしかに、それらの作品のなかには取るに足りない作品もある。いや、そういうものが大部分かもしれない。しかし、思っていたよりは面白いじゃないか、というのが、何本か見てみての素直な感想だ。わたしが見たものが、名だたる監督の作品ばかりだったせいもあるだろう。以下に挙げる作品は、この手の映画のなかでは、例外的に良質の部類に入ると考えておいた方がいいのかもしれない。下を見ればきりがなさそうだ。


以下は、わたしが見た作品についての簡単な覚書である。メモ書き程度のものだが、なにかの役には立つだろう。


30年代から40年代にかけて、ハリウッドの共産主義ロシアに対する態度はめまぐるしく変化する。簡単に図式化するとこういうことだ。ハリウッドは、30年代には、反共映画をつくっていたが、41年に参戦すると同時に、親ソ的な映画をつくりはじめ、やがて戦争が終わると同時に、ふたたび反共映画を製作するようになる。その数は、50年代に入ってから急速に伸びてゆく(細かいデータが手元にないが、「反共を意図した映画の製作本数が、1948年の3本から1952年の13本へとかなりの上昇を見せている」と、オットー・フリードリックの『ハリウッド帝国の興亡』には書かれている)。冷戦の時代に撮られた反共映画も興味深いが、わたしが今興味を持っているのは、それ以前に撮られた、ロシア共産主義をあつかったハリウッド映画だ。なので、50年代以後の作品は、とりあえずここでは無視する。



アナトール・リトヴァク『戦慄のスパイ網』(Confessions of a Nazi Spy, 39, 未)

タイトルのとおり、ソ連ではなくナチの脅威をテーマにした作品で、ナチのスパイの一人の不用意な行動から、アメリカにおけるナチのスパイ網が次々と暴かれてゆく様が描かれる。ソ連によるフィンランド侵攻が批判的に言及され、ナチのシンパを集めるために、アジ演説で反共産主義が利用されるところもあったと思う。そのせいか、ロシアが同盟国となるとすぐさま市場から引っ込められたようだ。まだ参戦する前のアメリカで、これだけあからさまにナチの脅威が描かれる映画は珍しい。その意味では、出来はともかく、ウォルター・ウェンジャーによる『海外特派員』と双璧をなす作品である。



キング・ヴィダー『同志X』(40)

ロシアを舞台にした『ニノチカ』(39) の焼き直しとでもいうべき作品。スターリン共産主義ロシアで、「同志X」という偽名を使って、反共的な記事をアメリカに送っていた新聞記者(クラーク・ゲーブル)が、ホテルのボーイに正体を見破られ、そのことを黙っているから、娘(ヘディ・ラマール)をアメリカに連れ出してくれと頼まれる。しかし、この娘が、筋金入りの共産主義者だった──というコメディ。ヘディ・ラマールの演技は完全にガルボをまねたものになっている。キング・ヴィダーとしては全然得意な題材ではなかったと思うし、ベン・ヘクトの脚本も手抜きではないかという気もするが、ウラジミール・ソコロフのコミカルな演技はそれなりに印象に残るし、ミニチュアを使った撮影にしてはよくできている、戦車を使った最後のアクションもなかなか見物ではある。


ジャック・ターナー『炎のロシア戦線』(Days of Glory, 43, 未)

第二次大戦中のロシアで、ドイツと戦うロシアのゲリラ兵士をグレゴリー・ペックが演じた戦争映画。たまたまそこに居合わせたバレリーナが、やがて革命戦士となって、ペックとともに祖国に身を捧げて死んでゆくところで映画は終わっている。『ニノチカ』からわずか数年で、ハリウッドはこういう映画を撮るようになっていた。意外にも、ペックのデビュー作である。




マイケル・カーティスMission to Moscow』(43)

『モスクワへの密使』。これは有名な作品なので、あまり説明はいらないかもしれない。『Confessions of a Nazi Spy』などでも描かれているように、参戦する前のアメリカでは、ナチの脅威を軽く見たり、対岸の火事のように思っている国民も多かった。同時に、ソ連が同盟国として信頼しうるかどうかについても、多くの人が疑念を抱いていた。元大使ジョセフ・デイヴィスの自伝的著書にもとづいて撮られたこの映画で、ウォルター・ヒューストン演じるデイヴィスは、ルーズヴェルトの命をうけて、ナチス・ドイツスターリンのロシアに、実情を探りに行く。ロシアの軍事工場の活気に満ちた様子や、盛大な軍事パレードを映し出した場面は、ロシア製のプロパガンダ映画かと見まがうほどだ。この映画は、その後、下院非米活動委員会で取り上げられ、製作者のジャック・ワーナーは弁解に四苦八苦することになる。体の一部しか画面に見えないルーズヴェルトとは対照的に、スターリンが全面に登場しているのも注意を引く(もちろん、本人ではなく、役者が演じているのだが)。


ウィリアム・A・ウェルマン『鉄のカーテン』(The Iron Curtain, 48)

ウェルマンの政治信条はよくわからないのだが、この映画や『中共脱出』のような、反共映画に分類される作品を撮っていることは事実である。この映画の舞台となっているのは、アメリカではなくカナダだ。共産主義ロシアから飛行機に乗ってカナダにやってきた夫婦が、カナダでスパイ活動をおこなううちに、自分の信条に疑念を抱くようになり、亡命を試みる。ありがちな展開ではあるが、ウェルマンが監督しているので、非常に上品で、バランスのとれた作品になっている。アメリカではなくカナダが舞台というのも、この映画に他の反共映画にはないニュアンスを付け加えているといっていい。反共映画の最高傑作のひとつという人がいるのもうなずける。ただ、コミュニスト夫婦を演じているのが、ダナ・アンドリュースジーン・ティアニーフィルム・ノワール・コンビだというのは、最後まで現実味がなかった。

実際にカナダでスパイ活動をおこなっていたロシアのコミュニストの体験に基づいて撮られた映画である。


ロバート・スティーヴンソン『十三号桟橋』(The Woman on Pier 13, 49)

ハワード・ヒューズRKO で製作した反共映画の一つ。"I Married a Communist" という扇情的なタイトルでも知られる映画だ。ここに挙げた作品のなかでは、いちばんできの悪いものかもしれないが、反共映画の一つの典型ではある。「隣人のふりをして近づいてきて、よからぬ信条を吹き込み、アメリカ市民をたぶらかすコミュニストに気をつけろ。」この映画に込められたメッセージを一言でいうとそうなる。50年代になると、反共映画はSFのかたちを借りて、コミュニストを悪しき宇宙人として描くことが少なくなかった。しかし、40年代の反共映画では、コミュニストはギャングとして描かれることが多かったようだ。

家庭のよき夫でありながら、過去の一時期にコミュニストの党員だったという「過ち」を家族に隠している男(ロバート・ライアン)に、コミュニストが近づいてきて、そのことをネタに、むりやり党の活動を手伝わせる。コミュニストたちは、むき出しのエレベータで行き来する薄暗い倉庫のような場所をアジトにしていて、そのボスは部下にあくどい仕事をやらせ、人を殺すことも何とも思っていない。英語がよくわからない人が、ストーリーを知らずにこの映画を字幕なしで見たら、ふつうにフィルム・ノワールと思ってしまうかもしれない。何しろこの映画には「アカ」のファム・ファタールまで出てくるのだ。



ゴードン・ダグラスFBI暗黒街に潜入せよ』(I Was a Communist for the FBI, 51, 未)

この映画でもコミュニストがまるでギャングのように描かれているのは同じだ。もっとも、見かけはギャング映画とは全然似ていない。この映画の主人公は、長年、家族にも身分を隠して、共産党の潜入捜査をしているFBIのエージェント。表向きは共産党員ということになっている彼は、息子たちにも軽蔑され、世間からも白い目で見られている。その彼が、最後に、自分がFBIのエージェントだと名乗り、コミュニストたちの陰謀を暴き立てて、名誉を回復し、家族とも和解する場所が、下院非米活動委員会の公聴会だというのが、この映画の一つの見所だ。50年代のゴードン・ダグラスが監督しているので、実にタイトな仕上がりになっている。

反米映画として撮られた作品のはずだが、いま見ると、異分子を許さない不寛容なアメリカ社会を告発した映画に見えなくもない。