明るい部屋:映画についての覚書

日々の映画鑑賞と研究の記録、最新DVD情報などなど。ときどき書評めいたことも。


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神戸映画資料館「連続講座 20世紀傑作映画再(発)見」第15回
国辱映画『チート』とサイレント時代の知られざるデミル
詳細はここで。

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評価の目安:

★★★★(大傑作、あるいは古典)
★★★(傑作、あるいは必見)
★★(見たほうがいい)
★(興味深い)

(基本的に、興味のない映画はここでは取り上げません。なので、ここで話題にしている時点で、それなりに見る価値はある作品であるといえます。)

500円DVDは恐ろしい〜1コインDVDをめぐる冒険


イスラエルの一時的空爆停止があと2時間で終わる。避難する時間は与えてやったから、これで心おきなく空爆できる、というわけか。恐ろしいね。



恐ろしいといえば、500円DVDも恐ろしいよ。

こないだ本屋でラインナップを眺めていたら、どう見てもパッケージの写真はウィリアム・ウェルマン版の『スター誕生』なのに、ジョージ・キューカー監督作品と堂々と書いてあった。恐ろしい。どっちが本当なんだ。ほとんどダブル・バインド状態。答えは買ってみてのお楽しみ、てか。

タイトルも恐ろしい。オーソン・ウェルズの『ストレンジャー』が、『謎のストレンジャー』というタイトルで500円DVD化されている。謎でないストレンジャーがいるのか。謎である。

しかし、恐ろしいのはそんなことではない。じゃなにが恐ろしいのか。画質が恐ろしい? そういうことではない。たしかに、『市民ケーン』の500円DVDの画質は結構ひどい、などといった噂は聞く。なかにはそういう粗悪なものも混じっているようだ。わたしは500円DVDは数枚しか買ったことがないのだが、その数少ない経験からいうと、500円DVDの画質はそうひどいものでもない。値段を考えるとコストパフォーマンスは高といえる。

(500円DVDの画質については、http://cinemania.seesaa.net/article/13131856.html の記事がわかりやすい。)


500円DVDの字幕も問題があるといわれる。周知のように、500円DVDが一般のDVDと比べて安いのは、著作権が切れてパブリック・ドメインとなった作品をソフト化しているからだ(「えっ、なに」と思った方は、http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2006/07/post_6257.html の記事とコメントを読んでください)。権利が切れているといってもそれは本編だけの話で、映画会社のロゴには権利が発生するので、500円DVDではワーナーなどのロゴの部分をカットして収めてあったりするらしい。同じことは字幕についてもいえる。公開されたときの字幕は字幕作者の権利がからんでくるので、500円DVDでは新しく字幕がつけ直されるのがふつうである。だから、『カサブランカ』の有名な「君の瞳に乾杯」というセリフは、500円DVDではまったく別の味も素っ気もない字幕になっている(らしい)。それだけでなく、500円DVDの字幕は往々にしてひどいものが多いと聞く。なかには、セリフと字幕がずれているものもあったりするらしい。

たしかに、恐ろしい。恐ろしいが、500円DVDが恐ろしいのはそういうことではない。

先に紹介したホームページにも書いてあるように、53年に公開された『ローマの休日』の500円DVDの著作権をめぐってパラマウントが訴訟を起こした事件は大きく取りあげられた。ついこないだも、チャップリンの娘だかだれかが、チャップリンの廉価版DVDをめぐって訴訟を起こしたと聞く。つまり、製作元の映画会社のほうでは500円DVDの存在を快く思っていなかったりするのだ。3,4千円するDVDの横で500円のDVDを売られたら、そりゃ困るだろう。500円DVDを市場から一掃したいと思うのもわからないではない。

とするならば、500円DVDの販売会社はどこからフィルムを調達しているのかという謎が浮上する。考えてみてほしい。パラマウントは訴訟まで起こしているのだから、500円DVDを作っている会社に『ローマの休日』のネガを喜んで貸し出すわけがない。では、『ローマの休日』の500円DVDはどのフィルムを元に作られたのかという話になってくる。これがよくわからない。ネットで調べてみたが、この問題を取りあげている人はいないようだ。

わたしが独自調査を行ったところ、どうやらこの闇の部分にブローカーが暗躍しているらしい。彼らは世界中に散らばったフィルムを買い集めてまわって、500円DVDの業者に売りつけているようなのだ。失われていたと思われた日本のサイレント映画が遠い異国の地で発見されるなどといったニュースを見てもわかるように、フィルムというのは旅をするものだ。そんなふうに世界各地に散らばったフィルムをブローカーが集め、それをもとに500円DVDの業者はDVDを製作する。どうもそういうことらしい。ひどい業者になると、別の業者の500円DVDをコピーしたものを元にDVDを作っていたりする場合もあるという。実際にそんなことが行われているのかどうか確認はしていないが、それで訴訟になったケースはたしかにあるようだ。

これはたしかに恐ろしい。このあたりを突っついて調べてみればなにが出てくるかわからない。それで映画が一本作れるぐらいのネタが挙がる可能性だってある。ひょっとしたら、500円DVD一枚が作られるまでに人一人ぐらい死んでいるかもしれない。

ひょっとすると、わたしはパンドラの箱を開けてしまったのだろうか。この記事をアップしてから、わたしのブログが途絶えたら、それはわたしが口封じに殺されてしまったからだと考えてほしい……。

恐ろしい。

恐ろしいが、ジャック・ターナーの『過去を逃れて』やキング・ヴィダーの『群衆』が500円で売っていれば、買ってしまうのが人情というものだ。『過去を逃れて』は昔ビデオで出ていたが、レンタルショップではほとんど見かけることがない。しかも、20分近くカットされたヴァージョンだった。この500円DVD(正確には399円だった)のパッケージには、オリジナルの時間に近い97分と表記してあるが、怖くてまだ確かめていない。

500円DVDは恐ろしい。恐ろしいが魅力的だ。