[シネマ・マイノリティ・レポート]:このカテゴリーでは、シネフィルにもあまり注目されないような隠れた名作を紹介する。海外のメディア、あるいは海外で出版される映画研究書などに目を通していると、海外での知名度と日本での知名度が極端にちがう作品が少なくない。ここでは特にそういった作品を取りあげていく予定だ。過去に発表した記事の一部もこのカテゴリーに入れ直した。
フィル・カールソン『アリバイなき男』(52)★★★☆
Kansas City Confidential
ジョン・ヒューストンの『アスファルト・ジャングル』やスタンリー・キューブリックの『現金に体を張れ』と並べてもそう見劣りのしない銀行強盗ものの傑作。
フィル・カールソンが得意としたジャンルの最高傑作の一本である。40年代にデビューし、50年代の初めに頭角を現すこのB級映画の職人監督は、B級映画好きのフランスのシネフィルからさえも曖昧な評価しか受けていない。実際、わたしがフィル・カールソンという名前をはじめて意識したのは、アメリカの批評家マニー・ファーバーの『Negative Space』を読んだときだった。ヌーヴェル・ヴァーグに先立ってアメリカのB級映画を擁護したとされるこの高名な映画批評家の評論を集めた本のなかで、フィル・カールソンは、記述こそ少ないが、アルドリッチらとならんで言及されているのである。アンドリュー・サリスの『The American Cinema』のなかでは、フィル・カールソンは、バッド・ベティカー、アラン・ドワン、ジョゼフ・H・ルイス、ドン・シーゲル、ロバート・シオドマク、ジャック・ターナー、エドガー・G・ウルマーらと同じくくりである「Expressive Esoterica」に分類され、「カールソンがもっとも個性的で真価を発揮するのは、組織悪に支配された世界における暴力を描くときである」と書かれている。『アリバイなき男』はまさにそのような作品であるといっていい。
ジョン・ペイン、プレストン・フォスター、ジャック・イーラム、リー・ヴァン・クリーフ、ネヴィル・ブランド(!)という配役を見て、リー・ヴァン・クリーフ以外は知っている名前がひとつもないと思うか、すごいメンツだと思うかは、その人がB級映画にどれほど親しんでいるかによるだろう。プレストン・フォスター(『地獄への挑戦』)演じるボスが、ジャック・イーラム、リー・ヴァン・クリーフ、ネヴィル・ブランドの三人を集めて銀行強盗をたくらむ。ただし、3人は終始マスクをかぶらせられ、ボスだけが彼らの顔を知っている。残りの三人は、ボスの顔はおろか、互いの顔もわからない。映画がはじまってから銀行強盗がおこなわれるまでは恐ろしいスピードで進行し、銀行強盗もあっさりと成功する。映画が描くのはここからの物語である。
強盗犯とはまったく関わりがないのに、車を犯行に利用されたために名誉も仕事も失ってしまったジョン・ペイン(アラン・ドワンの西部劇でおなじみの名前である)は、たったひとりでメキシコくんだりまでいって銀行強盗の一味を捜し出し、追いつめていく。ボスの顔がわからず疑心暗鬼になる手下たちと、最初から彼らを利用して完全犯罪をもくろむボス、そこにひとりで乗り込んでくるジョン・ペインらの心理的駆け引きがストーリーの牽引力となる。ヒューストンの『アスファルト・ジャングル』のように、互いを出し抜こうとする悪党たちの力の危ういバランスが精緻に描かれているわけではない。鈴木英夫の『悪の階段』のように、よかれ悪しかれあざといほどの人間描写が強い印象を残すわけでもない。物足りなく感じるひともいるだろう。しかし、間違ってもオスカーなんてねらわないといったカールソンの作風のほうがわたしは好きである。
『Kansas City Confidential』というタイトルは知っていたが、それが『アリバイなき男』というタイトルで公開され、DVDにまでなっているとは知らなかった。いわゆる500円DVDではないが、PD扱いでほとんど500円程度で手に入れることができる。しかし、本屋で見かけたことがないし、ネットでも手に入りにくくなっているようだ。とりあえず楽天のリンクを張っておいたが、在庫があるかどうかはわからない。手にはいるようだったら早めに買っておくことをお薦めする。見て絶対に損はない作品である。
フィル・カールソンのDVDとしては他に、『消された証人』など数作が日本で出ている。『アリバイなき男』以外では、『無警察地帯』The Phoenix City Story がカールソンの代表作としてあげられることが多いが、アンドリュー・サリスは『The Brothers Rico』がカールソンの最高傑作だとしている。どちらも本国アメリカでさえDVDにはなっていない。