明るい部屋:映画についての覚書

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神戸映画資料館でわたしが行っている「連続講座:20世紀傑作映画 再(発)見」の詳細が決まりました。

「連続講座:20世紀傑作映画 再(発)見 第8回 パプストとブルックス──『パンドラの箱』を読み解く」 2019年12月22日(日) 詳細はここで。
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評価の目安:

★★★★(大傑作、あるいは古典)
★★★(傑作、あるいは必見)
★★(見たほうがいい)
★(興味深い)

(基本的に、興味のない映画はここでは取り上げません。なので、ここで話題にしている時点で、それなりに見る価値はある作品であるといえます。)

『ヴラド・ツェペシュ』 ――ドラキュラと呼ばれた男

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ヴラド・ツェペシュ

Doru Nastase『ヴラド・ツェペシュ』(Vlad Tepes, 1979) ★★


15世紀のワラキア公国の君主、ヴラド3世、通称ドラキュラ公、またの名を「串刺し王」を描いたルーマニアの歴史映画。

ヴラド3世は、ブラム・ストーカーの小説『ドラキュラ』のモデルの一人とも言われる。父親のヴラド2世がハンガリー帝国のドラゴン騎士団に属していたことから、「ドラクル Dracul」(ドラゴン公)と呼ばれていたために、息子のヴラド3世は「ドラゴンの息子」を意味する「ドラクラ Dracula」の名で知られるようになった。ドラゴンは聖書において悪魔と同一視されることが多かった。そこに、彼が行った串刺しによる残虐な処刑のイメージが重なり、さらには吸血鬼伝承も加わって、ヴラド3世は後世において悪魔の息子のようにみなされるようになってしまったというわけである。

ちなみに、「ヴラド・ツェペシュ」の「ツェペシュ」は、「串刺しにするもの」を意味するルーマニア語であり、正式な名前ではない。


もっとも、吸血鬼ドラキュラを愛するものたちにとっては、この映画はいささか肩透かしに思えるかもしれない。劇中、ドラキュラ公の名前の由来が脇役の一人によって語られるぐらいで、吸血鬼にまつわる伝説には一切ふれられはしないし、むろん、ヴラド3世が誰かの血を吸ったりする場面もないからだ。そもそも、彼と吸血鬼が結び付けられるようになったのは、死後のことであって、この映画は後世に生まれたそうしたもろもろの伝説にはほとんど関心を示していないのである。

この映画が描くのは、特権階級が弱者を搾取し、国をいいように操り、その結果弱体化して隣国の侵攻を許していたワラキア公国に、ヴラド3世という強烈な独裁者が現れ、強権によって特権階級を黙らせる一方で、大胆な策略によってオスマントルコハンガリーなどの大国に打ち勝ち、国を統一してゆく姿である。スターリンソ連が得意とした、英雄を礼賛する歴史映画(『アレクサンドル・ネフスキー』など)は、ソ連の衛星国といっていい共産圏の独裁国家においても数多く作られた。ニコラエ・チャウシェスクが独裁的に支配していたルーマニアも例外ではない。『ヴラド・ツェペシュ』もそうした作品のひとつといっていいだろう。実際、強欲なボヤールたち(中世ロシアやスラブ系諸国に存在した支配階級)を力で黙らせ、兵力では圧倒的に勝っている大国トルコなどを相手に一歩も引かないヴラド3世の活躍は見ていて気持ちいい。しかし一方で、この映画には、エイゼンシュテインの『イワン雷帝』などと同じように、単なるプロパガンダ英雄譚としては素直に見れない部分も多々ある。

この映画はチャウシェスクの要請によって作られたという話も聞くが、それが本当ならば、彼はこの映画を見てどう思ったのだろうか。たしかに、吸血鬼伝説には一切ふれられていないとはいえ、ヴラド3世の異常なほどの残酷さはこの映画の随所に描かれている。乞食や障害者たちを無料で宴に招き、彼らが酩酊状態で、「ドラクラ公、万歳」などと叫んで大騒ぎしているところを見計らって建物の戸口を全部閉め切って火を放って焼き殺す場面や、とりわけ、串刺しにされた自国の兵士たちの死体が平原一面に墓標のように立ち並んでいるのを、トルコ軍のメフメト2世が目にし、恐れをなして撤退する場面は、一度見たら目に焼きついて放れない(もっとも、串刺しにする様子自体は一度も描かれないのだが)。これを見て素直に喜んでいたとするなら、チャウシェスクの狂気も相当なものである。それにしても、これを作った監督はいったいどういうつもりでこうした場面を撮っていたのだろうか。『イワン雷帝』のようにひそかにそこに独裁者に対する批判を忍び込ませていたのか。それとも、そんな意識などまったくなかったのか。


とにもかくにも、陰謀渦巻く歴史物語として、この映画はなかなかの魅力を備えていると言っていい。ただ、この当時の国同士の関係や社会・文化をあらかじめ多少予習しておかないと、わかりにくい部分が多いことも確かである。

IMDb の高い評価を見ると、この作品はルーマニア人にとってはおそらく国民的な映画の一本といっていいのかもしれないが、それにしては情報が少ないので、正直、よくわからいことが多い。これも IMDb によると、この映画には134分版と114分版があり、一見、たんなる完全版と短縮版のち外のように思えるのだが、なぜだか監督の名前が違う。これもよくわからないことのひとつである。