ドン・レヴィ『ヘロストラトス』(Herostratus, 1968) ★★
イギリスに住む若き詩人が、自分の飛び降り自殺を広告会社に売り込み、自殺を一大スペクタクルにすることで、それを現代社会に対するプロテストの行為にしようと試みるが、資本主義のシステムによって彼の試みはただの安っぽい売名行為に変えられてゆく……。
ドン・レヴィが撮った唯一の長編劇映画。公開当時ほとんど理解されず、長らく忘れ去られてしまっていたが、近年になって次第に再評価が高まっている。
物語はあって無きにひとしく、映画は、主人公の若者が見せる無意味でバカバカしい反逆的行動を、これといったドラマもなくダラダラと見せてゆくだけだ(主役のアナーキーな暴れっぷりを見ていると、キューブリックの『時計じかけのオレンジ』に影響を与えたのではという説もうなずける)。物語とは一見無関係に、断片的でシュールなイメージが、全編を通して噴出するのも特色であるが、繰り返し登場する黒衣をまとった女のイメージや、不意に挿入される戦争のモノクロ映像など、正直、作者の意図がどこにあるのかわからない部分も多い。しかし、よくも悪くも、60年代イギリスのロスト・ジェネレーションの心象風景を捉えた作品だとは言える。
映画としては不出来な部分が多々あり、退屈な作品だとは思うのだが、この頃、様々な国に現れはじめていた「新しい映画」のイギリス版として、なかなか興味深くはある*1。もっとも、ヌーヴェル・ヴァーグというよりは、アメリカン・ニューシネマのある種の作品(日本でヒットした作品ではなく、もっと地味な内向的作品、例えば、ウール・グロズバードの『ケラーマン』のような)などの方に近しいものを感じる。
ドン・レヴィはその後アメリカに渡るが、1987年に自殺。主役のマイケル・ゴサードも、『ラ・ヴァレ』『スペース・ヴァンパイア』などに出演するも、1992年に自殺している。この映画の内容を考えるとなんとも不吉である。
ちなみに、ヘロストラトスとは、古代ギリシアの若い羊飼いで、「自分の名を不滅のものとして歴史に残すため」に、エフェソスのアルテミス神殿に放火したことで知られる。エフェソス市民は、彼に死刑を宣告したのみならず、彼の名を歴史から抹殺することを決めた(記録抹殺刑)が、こうして今も彼の名前は後世の人に知られている。
*1:ジャック・リヴェットの当時のインタビューの中でもちらっと引用されている。