明るい部屋:映画についての覚書

日々の映画鑑賞と研究の記録、最新DVD情報などなど。ときどき書評めいたことも。


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神戸映画資料館「連続講座 20世紀傑作映画再(発)見」第15回
国辱映画『チート』とサイレント時代の知られざるデミル
詳細はここで。

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評価の目安:

★★★★(大傑作、あるいは古典)
★★★(傑作、あるいは必見)
★★(見たほうがいい)
★(興味深い)

(基本的に、興味のない映画はここでは取り上げません。なので、ここで話題にしている時点で、それなりに見る価値はある作品であるといえます。)

Charles Burnett, Killer of Sheep

チャールズ・バーネットは、アメリカがもつことの出来たもっとも才能豊かで、もっとも重要な黒人映画作家である

ジョナサン・ローゼンバウム

いや驚いた。知る人ぞ知る伝説の作品、チャールズ・バーネットKiller of Sheep の DVD が出てしまった。というか、去年の11月に出ていたことに、いまごろになって気づいた。もちろん米版である。日本で出る可能性はゼロに等しいだろう。

チャールズ・バーネットは日本ではほぼ無名といってよく、スコセッシがプロデュースした「ブルース・プロジェクト」の一作、『デビルズ・ファイヤー』などの近作が1,2本公開されているだけであり、代表作の Killer of Sheep は公開されたこともなければ、ほとんど上映されたこともない。また、いかなるかたちでも、ソフト化されていないはずである。


70年代の終わりに UCLA の学生だったアレックス・コックスは、その数年前の76年にここ UCLA の学生だったバーネットによって撮られたこの作品を授業で見せられて、絶望したという。日本の映画学校でもこういう作品を見せればいい。それで、絶望する学生がいればしめたものだ。しかし、悲しいことに、たいていの凡人は絶望する才能さえ持っていないのである。(それにしても、アレックス・コックスは日本でも多くの作品が公開され、ファンも少なくないはずだが、なにかというと「パンク」の一言で片付けられ、こういう側面はほとんど伝えられていない。相変わらず、日本の批評家は怠慢だ)。


バーネットはロサンゼルス南部の黒人地区ワッツで生まれ育った。 Killer of Sheep は、ワッツのゲットーの黒人よりなる非職業俳優のみを使って撮り上げられた。バーネットが自ら脚本を書き、キャメラも回し、週末のみ撮影を行って、一年かけて完成させたという。

屠殺場で働く主人公が次第に社会から疎外されていく姿を鮮烈に描いたこの映画は、黒人アメリカ人によるインディペンデント映画の最良の作品といわれる。また、この作品は、アメリカ議会図書館に最初に保存されたフィルムの一本でもある。



わたしは Killer of Sheep のような作品を見たことがなかったし、それ以後も見たことがない。〈黒人〉映画というのは、わたしにとって、『黒いジャガー』のような映画のことだった。この映画はそれとは全然違うなにかだったのだ。ロサンゼルス、サウス・セントラル地区の家族の物語が、自分の仕事を心得ているものによって、ユーモラスに、また知的に語られる。よくできた物語、見事な撮影、見事な演技。しかしそれだけではない。Killer of Sheep は芸術作品、偉大な芸術作品であり、つくったのは、われわれのほんの数年前に UCLA の学生だった人物だ。この映画で、われわれのような中流階級の気取ったガキたちは吹き飛ばされた。自分たちにはこんなにすぐれた映画を撮ることは出来ないとわかっていたし、事実、出来なかったのだ。


ALEX COX ON KILLER OF SHEEP

(FILM COMMENT, 3-4, 2007)


(リンク先の Amazon で作品の抜粋を見ることができる。この DVD は NTSC, All Regions のようなので、日本のふつうの DVD プレイヤーで再生できるはず──保証は出来ませんが。)