明るい部屋:映画についての覚書

日々の映画鑑賞と研究の記録、最新DVD情報などなど。ときどき書評めいたことも。


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神戸映画資料館「連続講座 20世紀傑作映画再(発)見」第15回
国辱映画『チート』とサイレント時代の知られざるデミル
詳細はここで。

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評価の目安:

★★★★(大傑作、あるいは古典)
★★★(傑作、あるいは必見)
★★(見たほうがいい)
★(興味深い)

(基本的に、興味のない映画はここでは取り上げません。なので、ここで話題にしている時点で、それなりに見る価値はある作品であるといえます。)

ボルヘスと映画〜ウーゴ・サンチャゴ『侵入』


大阪プラネットで上映するジョン・フォード作品の字幕作りをしているので、ブログを更新している暇がなかった。

とりあえず『最後の歓呼』の字幕は完成。あと1本やらないといけないが、いったん休憩だ。そのあいだにチャチャッと一つ何か書いておく。


☆ ☆ ☆


ウーゴ・サンチャゴ『侵入』(Invasion, 69)


アルゼンチン生まれの監督ウーゴ・サンチャゴが、ホルヘ・ルイス・ボルヘスの脚本をえて撮りあげたファンタスティックな映画。

この二人が協力して撮った作品としては他に『はみだした男』があり、こちらは以前日本でも公開されている。大昔のことなので、もう版権は切れてるだろう。チラシに書いてあったドゥルーズのコメントに惹かれて大阪の劇場に見に行ったことを覚えている(『シネマ』のなかでも、この作品は言及されている)。たしか寺山修司の息のかかった劇団による配給で、劇場での上映前にくさい演出があったのはそのせいだろう。上映後に司馬遼太郎の講演があったと記憶しているのだが、どう考えてもこの映画と司馬遼太郎とは結びつかないので、記憶違いかもしれない。いずれにしろ、記憶に残らない話だったことだけはたしかだ。


『Invasion』は、サンチャゴとボルヘスが初めて組んだ作品である。ボルヘスを慕っていた若き青年サンチャゴが、自分で書き上げたストーリーをボルヘスに見せ、2人で協力して、というか、サンチャゴがボルヘスにお伺いを立てるようにして仕上げていったシナリオを、彼が映画化したものだ。かなり視力は悪くなっていたが、ボルヘスはこの頃まだかろうじて目が見えていた。

クレジットには、脚本にビオイ・カサーレスの名前も出てくる。『モレルの発明』という風変わりな作品で、日本でもかなり有名なアルゼンチンの作家だ。この作品については、他で軽く紹介したこともあるので、ここではふれない。機械・分身・そして映画をテーマにした哲学的幻想小説とだけいっておく。

ボルヘスの親友だったビオイ・カサーレスは、サンチャゴとボルヘスのあいだの橋渡しを自ら買って出て、その意味ではこの映画に大きく貢献したといえるが、DVD に収められたインタヴューを見る限りでは、脚本にはほとんど関わっていないように見える。サンチャゴとボルヘスが脚本に取りかかるとほとんど同時に、カサーレスは旅に出、シナリオが完成したあとで帰って来たというのが、実際のところらしい。


『はみだした男』は難解な幻想譚だったが、『Invasion』は、少なくとも表面的には、ずっとわかりやすい映画に仕上がっている。ただ、わかりやすいとはいっても、そんなに素直な映画ではない。

映画の舞台となるのは、いかにも南米を思わせる架空の都市。冒頭からなにやら不穏な空気が立ちこめている。この街で怪しげな活動をしている組織を映画は描いてゆくのだが、ほとんど何の説明も加えられないので、最初は彼らが何者かわからない。ギャングかなにかなと思っていると、実は、彼らがレジスタンスの闘士たちであることがわかってくる。何者かわからない侵略者たちから、街を取り戻すために彼らは戦っているらしい。寡黙なタッチは、メルヴィルの『影の軍隊』に似ていなくもない。メルヴィルレジスタンスをギャングのように描いたのだった。この2作はほぼ同時期に撮られているのだが、影響関係はどうなのだろう。互いに無関係に撮られたのだとしたら、それはそれで興味深い。

レジスタンスの実戦部隊のリーダーらしき男(日本以外では有名なレオポルド・トーレ・ニルソンの『天使の家』(未) の俳優、ラウタロ・ムルーア[という発音でいいのか]が演じている)は、自分の妻にも組織のことは隠している。一方、妻の方も、彼に隠れて何かをしているらしい。彼女は体制側のスパイなのか。それもほとんど明らかにされないまま映画は進んでいく。次第にフラストレーションがたまっていくのだが、最後の最後に、なるほどと思わせる結末が待っている。ボルヘス的というよりも、いかにもラテン・アメリカ文学的といった語りの騙りにすっかりだまされる心地よさを味あわせてくれるラストだ。

いかようにも解釈できるメタフォリックな作品ではあるが、渋いアクション映画として見ても十分楽しめる。この際ボルヘスのことは忘れていいかもしれない(レジスタンスのリーダーが敵に捕まって拷問されているところを、掃除婦に助けられるところなど、ほとんどアクション映画のパロディに見える)。


☆ ☆ ☆


ボルヘス作品の映画化というと、日本では、ベルトルッチの『暗殺のオペラ』とアレックス・コックスの『デス&コンパス 』が知られているぐらいだ。しかし、実は、そんなに安易に映画化していいのかというぐらい、数多くの作品が映画になっている(「エル・アレフ」まで映画化されているのだ。怖いもの見たさで見たくなる)。ざっと、フィルモグラフィーを眺めてみるだけでも面白い。タルコフスキーの『ストーカー』の俳優アレクサンドル・カイダノフスキーが撮った『Gost』、あるいはイランのサイード・エブラヒミ・ファー(発音これでいい?)の『Movajehe』など、思わぬところにまでボルヘスの影響は波及している。日本では未公開だが、2003年作のエルマンノ・オルミの『Cantando dietro i paraventi』もボルヘスの短編が原作のようだ。

オルミとサンチャゴの作品あたりを目玉に、色とりどりの作品をちりばめて、ボルヘス映画祭というかたちで上映すれば、それなりに盛り上がるのではないか。実は、アルゼンチンのマル・デル・プラータで、最近、そういう映画祭がおこなわれたばかりなのだ。ボルヘスの小説のファンが少なくない日本でも、やれないことはないだろう。

と、アイデアだけは出しておく。


『Invasion』の DVD は Amazon には出回っていなくて、なかなか手に入りにくい。とりあえずここを挙げておく。