明るい部屋:映画についての覚書

日々の映画鑑賞と研究の記録、最新DVD情報などなど。ときどき書評めいたことも。


このサイトはPC用に最適化されています。スマホでご覧の場合は、記事の末尾から下にメニューが表示されます。


---
神戸映画資料館「連続講座 20世紀傑作映画再(発)見」第15回
国辱映画『チート』とサイレント時代の知られざるデミル
詳細はここで。

---

評価の目安:

★★★★(大傑作、あるいは古典)
★★★(傑作、あるいは必見)
★★(見たほうがいい)
★(興味深い)

(基本的に、興味のない映画はここでは取り上げません。なので、ここで話題にしている時点で、それなりに見る価値はある作品であるといえます。)

ジャック・ターナー『Circle of Danger』


ジャック・ターナー『Circle of Danger』(51) ★★


ついでに、ジャック・ターナーの映画をもう一本簡単に紹介しておく。

これはターナーが独立プロで撮った初めての作品である。そして、この映画はアメリカ映画ではなく、イギリス映画として製作された。

タイトルからフィルム・ノワール的な作品を想像してしまうが、実際は、ちょっと違う。この映画にはたしかにフィルム・ノワール的な部分があるにはる。事実、フィルム・ノワールの研究書などでも、たまにこのジャンルのひとつとして語られることも作品なのである。しかし、やはりこれをフィルム・ノワールとして考えるのはちょっと難しい気がする。むしろ、素人探偵の登場する犯人探しミステリーものとでも言った方が近いだろう。

主人公のアメリカ人(レイ・ミランド)は、英国軍に参加して戦死した弟の死の真相を確かめるためにイギリスに渡る。主人公の弟はある作戦中に命を落としたことになっていた。レイ・ミランドはその作戦に参加していた関係者の一人ひとりをたずねて回るのだが、彼らはすでに亡くなっていたり、現場に居合わせていなかったので真相を知らなかったりして、なかなか核心にたどり着けない。それに、疑ってかかると、誰もが何かを隠しているようにも見えてくる。

一方、調査を進めるうちにレイ・ミランドはある女性と知り合うのだが、彼女との関係も、一向に進みそうで進まない。こうして、映画はほとんど回り道をするようにジグザグを描きながら進んでゆき、最後の最後にようやくレイ・ミランドは弟を殺したのが誰だったかを突き止めるのだが……。

とまあ、簡単にまとめるとそんな話である。普通の人が見ると、物語がなかなか進まず、中だるみしているように思えるかもしれない。たしかに、傑作とはいえない作品ではあるだろう。しかし、ジャック・ターナーのファンには、紛れもなくターナーの映画だと思える瞬間が随所にあらわれるので、見ていて飽きない、非常に興味深い作品である。

たとえば、スコットランドの田舎町の家が舞台となるシーン。玄関の扉を開けると、戸外と玄関と居間が一直線に見えるような空間を人物が進んでいくのだが、そのわずか数秒の間に、人物は光と影のアーチを何度も潜り抜けるのである(『過去を逃れて』のワン・シーンを思い出させる照明)。

レイ・ミランドスコットランドのその家で知り合った女性に、丘の上から湖を見下ろす場所に連れて行かれる(「この景色を見せたかったの」)。夕暮れの中でその絶景を並んで見ている二人を逆光で捉えるショットがいい(この逆光もまた非常にジャック・ターナー的だ)。

しかし何といってもとりわけ素晴らしいのは、ラストの数分間だ。レイ・ミランドはイギリス中を歩き回った挙句、最後に、またスコットランドに帰ってくることになる。ミランドと犯人は、それぞれライフルを片手に、見渡す限り何もないスコットランドの平野に出てゆく。そこにもう一人が加わる。ターナーは、驚くべき正確さで人物を動かし、そのわずかの動きだけでこの上ないサスペンスを作り出してゆく。派手なアクションは何もなく、ただ人物が立ち、ゆっくりと歩き、そして振り返る。それだけで画面が張り詰めていく見事さ。

このラスト・シーン(実は、このあとに蛇足と呼ぶべき大団円のシーンがつづくのだが)は、ジャック・ターナーが生涯を通じて撮った最も素晴らしい場面のひとつといってもいいくらいだ。このシーンを見るためだけでも、この映画を見る価値はあると断言しておく。