明るい部屋:映画についての覚書

日々の映画鑑賞と研究の記録、最新DVD情報などなど。ときどき書評めいたことも。


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神戸映画資料館「連続講座 20世紀傑作映画再(発)見」第15回
国辱映画『チート』とサイレント時代の知られざるデミル
詳細はここで。

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評価の目安:

★★★★(大傑作、あるいは古典)
★★★(傑作、あるいは必見)
★★(見たほうがいい)
★(興味深い)

(基本的に、興味のない映画はここでは取り上げません。なので、ここで話題にしている時点で、それなりに見る価値はある作品であるといえます。)

『映画の生体解剖~恐怖と恍惚のシネマガイド~』

稲生平太郎高橋洋『映画の生体解剖~恐怖と恍惚のシネマガイド~』



アクアリウムの夜』『定本 何かが空を飛んでいる』などで知られる小説家、稲生平太郎と、『リング』の脚本家で、『恐怖』などのホラー映画を自分でも監督している高橋洋の2人による怒濤の映画談義。最近読んだ(数少ない)映画本の中ではダントツに面白かった。

まず、読み始めたところですぐに、このブログでも取り上げた大好きなSF映画『決死圏SOS宇宙船』 の話が出てきていきなりテンションが上がる。実際、この本に出てくる映画は、このブログの「B級映画ファイル」で取り上げたようなB級ホラー映画やSF映画、場合によってはC級、Z級の映画が大半を占めていて、ミニシアターにばかり通っている人や名作ばかりを見ている人は、2人の趣味にちょっとついて行けないと思うかもしれない。しかし、そんな一見悪趣味な映画たちの中にラングやヒッチコックアルドリッチジャック・ターナーロバート・ロッセンジョルジュ・フランジュといった名前が現れ、2人の映画的教養の深さが窺える。

とはいえ、この2人の熱を帯びたトークはアカデミックな内容からはほど遠いのも事実だ。「手術台」や「放電」などといった、風変わりなテーマが次々と取り上げられてゆき、「手術台が出てくる映画では必ずなにかが起きる」などというほとんど根拠のないように思える断言が繰り返される。しかし、そんな一見でたらめに思える断言の中に、まじめくさった映画研究者なら決して出来ないような鋭い分析が数々含まれているのが実にこの本の面白いところだ(まさに映画の生体解剖!)。『蝿男の恐怖』とその続編『蝿男の逆襲』と、この2作とは実際には関係のない第3作『蝿男の恐怖』とのあいだの重大な差異は、転送装置が縦型から横型になり、手術台に近づいたことにあるなどという指摘など、荒唐無稽でありながら実に説得力がある。

稲生が「恍惚」と呼び、高橋が「恐怖」と名付ける何か。それは映画が映画を超え出るような瞬間であり、言葉には出来ない説明不可能の魔術的瞬間と言っていいだろう。それこそは少年時代のわたしを映画が魅了した何かでもある(この2人とわたしでは、世代も微妙に違うし、育った環境も異なっている。残念ながら、片田舎で育ったわたしには、小さい頃に映画館で映画をあびるように見るという体験は出来なかった。しかし、たとえテレビを通してであっても、小さい頃に見たあの映画たちには、魔法のような力があった)。

ここで取り上げられている映画の半分ぐらいは見ていると思うのだが、この本を読んでいると、その見ていない残り半分の映画が見たくてたまらなくなる。たぶん、その中には、実際に見てみたら全然つまらなかったというものがいっぱい混じっているのだろう。しかし、この2人の話すのを聞いていると、だまされてもいいから見てみたくなってくる。そこに書かれている映画が見たくなるというのがすぐれた映画本であるとするなら、これは間違いなくそういう本だ。