明るい部屋:映画についての覚書

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評価の目安:

★★★★(大傑作、あるいは古典)
★★★(傑作、あるいは必見)
★★(見たほうがいい)
★(興味深い)

(基本的に、興味のない映画はここでは取り上げません。なので、ここで話題にしている時点で、それなりに見る価値はある作品であるといえます。)

ピーター・ゴッドフリー『第二の妻』——画家とモデルの吸血的関係


ピーター・ゴッドフリー『第二の妻』(The Two Mrs. Carrolls, 47) ★★½


レベッカ』『ガス燈』『断崖』の系譜に連なるフィルム・ノワールの佳作。

「妻を殺そうと企む夫」という物語はフィルム・ノワールではお馴染みのもので、他にも、『扉の陰の秘密』、『底流』『呪われた城』など、このジャンルの少なからぬ作品がこのテーマを取り上げている。男性の欲望の犠牲となる女性というのは、とりわけフェミニズムの批評にとって格好の話題であり、女性映画という観点から多くの批評家がこれらの作品に言及している*1

ピーター・ゴドフリーのこの映画が興味深いのは、このお馴染みのテーマに、画家とモデルの吸血的関係とでもいうべきもう一つのテーマが加わっている点だ。この映画に登場する肖像画家の夫(ハンフリー・ボガートがいつものように、ナーヴァスで、不安げで、ときとして抑えがたい暴力を噴出させる人物を見事に演じている)は、実は、すでに一人目の妻を殺害していて、第二の妻としてバーバラ・スタンウィックを迎え入れるのだが、この第二の妻もいまや最初の妻と同様に殺されかけている(ちなみに、ボギーとスタンウィックが共演した映画は意外にもこの1本しかない。あとは、顔見せ興行的な20分ほどの短編でたまたま一緒にでているものがあるだけだ。これだけでもこの映画は見る価値がある)。

第一の妻は一度も画面には登場しない。しかし、この前妻とのあいだに生まれた娘が無邪気に語る話から、彼女は毒入りのミルクを毎日飲まされて徐々に弱ってゆき(毒入りミルクというのは『断崖』のジョーン・フォンテーンを思い出させる)、やがて死に至ったということが判明する。画家はその間、彼女の肖像画を描きつづけ、まさにその絵が完成した瞬間に彼女は亡くなるのである(この前妻を描いた「死の天使」と名付けられた不気味な肖像画は、第二の妻スタンウィックとボガートが住んでいる家の居間に飾られていて、決してアップになることはないが、何度となく画面に登場する(『映画は絵画のように』岡田温司によると、この絵は、聖母マリアと悪魔の関係を描いた『ヨハネの黙示録』のなかの「太陽を身にまとう女と竜」のテーマに基づいているという*2)。

いま、前妻に起こったのとのとまったく同じ事が、第二の妻にも起きようとしているのだ。スタンウィックも、毎日ミルクを飲まされ、それが原因で徐々に衰弱しつつあり、その間、ボガートは誰にも見られることなく彼女の肖像画を二階の部屋にこもって1人で描きつづけている。まるで、彼の描く絵が完成するにしたがって、妻から生気が失せていくかのように事態は進行する。これは言うまでもなく、ポーの「楕円形の肖像」に描かれたテーマの焼き直しである。

この点で、この映画がいくぶん焦点がぼやけているように思えるのは、ボガートがスタンウィックを殺そうとする動機が、ボガートの前に現れる新しい女(アレクシス・スミス)の存在であるようにも見えるところだ。実際、ボガートはこの女と不倫の関係をつづけ、邪魔になった妻を殺そうとしたのだと、普通は思う。最初の妻も、彼がスタンウィックと出会った直後に殺されたのだった。しかし、事態は逆で、第一の妻も第二の妻も、肖像画が完成しそうになったときに、夫=画家にとって必要なくなり、また新たな犠牲者=女が必要となったということだったのである。ボガートのセリフがそのことを物語っているのだが、この肝心な部分はあまり突っ込んで描かれておらず、彼の狂気もごくさりげなくほのめかされるだけだ。


二人の妻をゆっくりと衰弱させてゆき、ついには死に至らせる夫ボガートは、絵を描くことで彼女らから血を搾り取っていく吸血鬼のような存在である。その点で興味深いのは、妻にすべてを感づかれたボガートが、その頃街を不安に陥れていた押し込み強盗を装って妻を殺そうとするクライマックスの場面だ。雷雨の中、外に出た彼は、二階の窓をたたき割ってスタンウィックの部屋へと闖入する。作り手がどれほど意識していたのかはわからないが、このときの彼は強盗と言うよりもほとんど吸血鬼のように登場するのだ。

あるいは、ボガートがずっとひた隠しにしていたスタンウィックの肖像画を、彼女と娘がこっそり盗み見る場面。ここぞとばかりにアップになる絵には、すり切れた服を着てみる影もなくやせ細ったスタンウィックのおぞましい姿が描かれていて、二人は思わず息をのむ。

あちこちにホラーの要素が入っているフィルム・ノワールである。


*1:たとえばメアリー・アン・ドーンがその1人であり、彼女はこれらのフィルム・ノワールをひとまとめに "paranoid woman's films" と呼んでいる。

*2:映画と絵画の関係は、近年、様々な形で論じられている。岡田温司のこの本は、その成果を手際よくまとめた本で、オリジナリティにはいささか欠けるが、タルコフスキーから B級映画まで幅広い映画が具体的に分析されていて、意外にもちゃんとした映画本になっている。とりわけ、映画に登場する絵画や彫刻について言及した部分は、普通の映画批評家には書けないところで、勉強になる。ところで、画家=殺人者ということで直ちに思い出されるのは、ウルマーの『青ひげ』であるが、この本はウルマーの作品を度々取り上げていながら、なぜかこの映画についてはまったく言及していない。