粗野な言動となによりもその強さで人気の的だった若いボクサーが、微妙な判定をめぐって一転、メディアのバッシングの対象となる。その開いた穴を埋めるようにして、白いユニフォームに身を包んだ礼儀正しい高校生投手が、どう考えても過剰すぎる注目を浴びて、連日テレビのワイドショーで取りあげられる。もうすっかり見慣れてしまったこうしたマス・メディアの光景は、民俗学でポトラッチと呼ばれる、ありったけの財貨を積み上げておいてそれを破壊する贈与と消費の儀式を思い出させる。「ハンカチ王子」という愛称で親しまれているその高校球児も、その人気が絶頂に達したときになにかのきっかけでふいにどん底に突き落とされてしまうのかもしれない。もう夏休みは終わるのだから、そろそろそっとしておいてやればいいのではないかとも思う。長いあいだテレビを見てきてわかったことは、メディアは決して反省しないということだ。
さて、前にも書いたように、どのテレビを買い換えるかでいま迷っている。自宅のテレビがもう瀕死の状態なのだ。
どこかで書いたかもしれないが、わたしは前々からテレビのデジタル化には懐疑的だった。率直にいって、いまデジタル化する意味がわからないのだ。わたしはたぶんくだらないテレビ番組をだれよりも数多く見ていると思うのだが、それを高画質の画面で見たいとは思わないし、デジタル放送によって可能になる情報の双方向化とやらにもまったく興味がない。ただでさえばかな国民が、これでますますばかになる、ぐらいにしか思えないのだ。それに、こういう記事を読むと、デジタル放送がはらむ危険をあらためて意識させられる。そもそも、テレビがデジタル放送に移行するということがどういうことなのかわかっていない人が多いのではないだろうか。電気店の薄型テレビの前に群がっている人たちを見ると、なにもわからずに購買意欲をかき立てられているとしか思えない。(少し古いが、この記事を読めばデジタル放送化について大まかなことは理解できるだろう。
なるほど映画が電波障害の少ない状態で高画質で放送されるというのは魅力的ではあるが、次世代DVDの派閥争いがまだ決着を見ていない(というか、まだほとんど市場に出回ってさえいない)いまの段階では、その魅力は半減するといわざるをえない。しかも、一回ダビングするのに失敗すればそれまでというコピーワンスの問題がつきまとうというのでは、ただ不自由になるだけである。いずれはデジタル化に移行するとしても、状況を見て、2011年というタイムリミットは延期すべきではないのか。しかし、そんな柔軟な姿勢を政府に期待してもむだなようだ(コピーワンスはなんらかのかたちで規制緩和の方向に向かっているようだが、完全に制限がなくなる可能性はゼロだろう)。
しかし、街の電気量販店のテレビのコーナーはいまやデジタル化一色であり、どうやらこの時代の趨勢には逆らえそうにない。四の五のいっている状況ではないのだ。となると、2011年のアナログ放送終了、完全デジタル化時代をにらんで、次に買うテレビは液晶かプラズマかということに自ずとなってくる。というわけで、液晶かはたまたプラズマか、メーカーはどこのブランドがいちばんすぐれているか、などといったことをこの数ヶ月ひそかに検討してきた。だが、ここに来て考えが変わってきた。そこにブラウン管という選択肢が加わったのである。いま悩んでいるのは、液晶かプラズマかではなく、液晶・プラズマかブラウン管かの二者択一なのだ。
直接のきっかけとなったのは、大型電気店の薄型テレビに映った『チャップリンの消防夫』を見たのがきっかけだった。それまでになんどか足を運び、店頭の液晶やプラズマの画面を見て、たしかに一昔前とは格段にきれいになっているという印象を受けていたのだが、そのチャップリンの映像を見てショックを受けてしまった。それはたぶんアナログ放送だったと思うのだが、ひょっとしたらデジタル放送だったのかもしれない(だとすればなお悪い)。あまりの画質の悪さにびっくりしてしまったのだ。インターネットで映画の予告編なんかをダウンロードしてパソコンのモニターで見たときの画質よりは多少ましといった程度の、要するにひどいしろもので、とても正視に耐えなかった。最初は、スタンダード映像がワイドに拡大されているからかと思って、リモコンで4:3のスタンダード画面にしてみたが変わりはなかった。液晶だからこんなに汚いのかとも思い、隣のプラズマテレビで同じ映像を見てみたが、まったく同じだった。たまたま同じ番組のBSアナログ放送を自宅のDVDレコーダーで録画していたので、うちに帰ってつぶれかけのソニーのトリニトロンテレビで見てみたのだが、店頭の液晶やプラズマとは比べものにならないほどきれいだった。
アナログ・ソースの映像を解像度の高い薄型テレビで見るとこんなに汚く見えるのかというのは、正直いって衝撃だった。これで薄型テレビを買う気持ちは一気に失せてしまった。こんなもので映画を見るのかと思うと耐えられなくなる。薄型テレビについてのレビューやレポートはいろいろあるが、映画好きがその視点から書いたものは見たことがない。はたして彼らはいまの薄型テレビに満足しているのだろうか。いま市販されているDVDはいわゆるSD(標準画質)で映像が収録されているのがふつうだ。これを大型の液晶やプラズマで見たとき、本当に満足した状態で見られるのだろうか。たとえば、500円DVDのようなビデオ・ソースのものも多い若干画質の劣る映像を見たとき、どのように見えるのだろうか。そういうレポートがほしいところだ。
結論として、わたしはいまの薄型テレビはまだ過渡期の段階にあるように思う。いま買うのは時期尚早ではないだろうか。個人的には、今すぐにもデジタル放送に移行する必要はまったく感じない。わたしの手元にはBSアナログ放送で録画した映画のDVD-Rなどが大量にあるので、それを再生するにはやはりブラウン管テレビが最適に思える。アナログ・ソースの映像の再生用にブラウン管テレビは一台もっておいたほうがいい。2011年まではまだ5年もあるのだから、そのつなぎとして安いブラウン管のテレビを買う。その間に状況は大きく変わっているかもしれない。次世代DVDの状況も整ってきているだろうし、コピーワンス問題にも動きがあるだろう。薄型テレビもいまよりも確実に進歩しているだろうし、値段が安くなっていることは確実である。そのときになって買っても遅くはないのではないか、というのがいまの考えである。ブラウン管テレビの候補としてはやはりソニーのものしかないと思っている。しかし、BSチューナー付にするか、25型か29型かではまだ結論は出ていない。
本当はいまごろは、東芝が開発している次世代薄型ブラウン管テレビ(いわゆるSED)がとっくに発売されているはずなのだが、発売時期がおくれにおくれて来年の夏ごろになるという話だ(それもひょっとするともっと先延ばしになるかもしれない)。実は、それが本命なのだが、いまのテレビがとてもそれまで持ちそうにない。ほんとに、中途半端な時期にこわれてしまったものだ、と恨めしい。