明るい部屋:映画についての覚書

日々の映画鑑賞と研究の記録、最新DVD情報などなど。ときどき書評めいたことも。


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神戸映画資料館「連続講座 20世紀傑作映画再(発)見」第15回
国辱映画『チート』とサイレント時代の知られざるデミル
詳細はここで。

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評価の目安:

★★★★(大傑作、あるいは古典)
★★★(傑作、あるいは必見)
★★(見たほうがいい)
★(興味深い)

(基本的に、興味のない映画はここでは取り上げません。なので、ここで話題にしている時点で、それなりに見る価値はある作品であるといえます。)

ヒッチコックがいない「ヒッチコック劇場」の愉しみ


NHK BS で「ヒッチコック劇場」の放映がはじまったことは前に書いた。すでに十数話ほどが放映されている。最初は、1955年から1962年にかけて白黒で撮られた「ヒッチコック劇場」の数編が放映されていたが、いま放映されているのは、ヒッチコックの死後、80年代になってカラーでリメイクされたいわゆる「新・ヒッチコック劇場」のほうだ。こちらも、プロローグとエピローグにヒッチコックが登場して、毎回ミニコントをやるのだが、これはカラーで撮られている本編にあわせて、「ヒッチコック劇場」の白黒フィルムをカラーで着色したものである。ふつうの美的感覚の持ち主なら、プロローグとエピローグのところだけが妙に画質が悪いことに気づいただろう(NHK BS の放送では、両方とも「ヒッチコック劇場」となっていて、区別されていないが、わたしは「ヒッチコック劇場」と「新・ヒッチコック劇場」を区別して書く)。

いまのところ、ヒッチコックが監督した作品は放映されていない。すでに書いたように、いま放映されているのは、ヒッチコックが死んだあとで撮られた作品ばかりなので、これからもヒッチコック監督作が登場することはないだろう。しかし、ヒッチコックが監督した「ヒッチコック劇場」の作品は、前にも紹介した「ヒッチコック劇場」の DVD コレクションに収められているから、そちらで簡単に見ることができる。問題は、それ以外にも貴重な作品が結構あるということだ。だから、逆に言うと、ヒッチコック監督作品以外を中心に集めた今回の放映は貴重だということだ。

わたしは、アイダ・ルピノの監督した「Sybilla」(60)と「A Crime for Mothers」(61)が見られるのを期待していたのだが、この2編は「ヒッチコック劇場」のほうにはいっているので、もう放映は望めそうにない。しかし、いま放映されている「新・ヒッチコック劇場」のほうにもまだまだ掘り出し物がありそうだ。

先日オンエアされた「The Jar」という作品は、最初、ナチの時代を描くモノクロ画面ではじまったので、おやと思って、いつになく注意して見始めた。キャストにポール・バーテルの名前が見えたので、ほおー、と思う。「原作レイ・ブラッドベリ」のクレジットにふむふむとうなずく。そして、最後に、「監督ティム・バートン」と出たときは、オーと思ってしまった。ティム・バートンが「新・ヒッチコック劇場」の監督をしていたとは知らなかった。

これは、得体の知れない物体のはいったガラス瓶が、不思議な力で周りの人々を虜にしてゆく様を描いたファンタスティックな作品で、まだ一目でわかるというほどの個性は発揮されていないが、色彩の使い方などにティム・バートンらしさはすでに見え隠れしていた。ポール・バーテルがシニカルな美術批評家の役でいい味を出している。ロジャー・コーマン門下の監督たちは基本的にみんな芸達者なのだ。

この日放送されたもう一つの作品「Man from the South」は、スティーヴ・デ・ジャーナットという主にテレビ専門で撮っていた二流監督の作品だが、原作はロアルド・ダールの中でも一、二を争う短編である。よほどのへまでもしない限り、面白くならないわけがない。しかも、キャストがすごい。賭に取り憑かれた狂気の男を演じているのが、ジョン・ヒューストンなのだ。常軌を逸したゲームに、子供のように一喜一憂する演技が鬼気迫る。彼に乗せられて賭をしてしまう若者の恋人役にメラニー・グリフィスが出演しているのだが、彼女の実の母親のティッピ・ヘドレンがウェイトレス役で母娘競演を披露しているだけでなく、最後の最後には、キム・ノヴァクがショッキングな登場をして、作品を締めくくるわけだから、往年のヒッチコック2大女優の競演にもなっているというサーヴィスぶりだ。いいものを見させてもらった。(「新・ヒッチコック劇場」には、他にもアトム・エゴヤンが監督した作品などもあるようである。)

(「Man from the South」の原作の翻訳は、『あなたに似た人』などに収録されている。)