明るい部屋:映画についての覚書

日々の映画鑑賞と研究の記録、最新DVD情報などなど。ときどき書評めいたことも。










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評価の目安:

★★★★(大傑作、あるいは古典)
★★★(傑作、あるいは必見)
★★(見たほうがいい)
★(興味深い)

(基本的に、興味のない映画はここでは取り上げません。なので、ここで話題にしている時点で、それなりに見る価値はある作品であるといえます。)

ハリー・ケラー『狙われた女』


ハリー・ケラー『狙われた女』(56)


ちょっとした評判を聞いて見てみたものの、ハリー・ケラーなんて監督は名前も聞いたことがなかったので、さして期待はしていなかったのだが、まさかこんなに面白いとは。これはほんとに拾いものだった。


『狙われた女』は、今でいうサイコ・サスペンスの遠い先駆けであるような作品であると言っていいだろう。ハイスクールの若い女教師が、だれだかわからない男子生徒の一人からラブレターを受け取る。手紙の内容はしだいに冗談では済まされないものになってゆき、ついには暗闇で襲われ、家にまで侵入される。どの生徒が犯人なのかを知った女教師は校長に訴えるが、日和見主義者で弱腰の校長は、父親が大物で、学校ではラグビー選手として英雄扱いされている男子生徒がそんなことをするとは思えないといって、彼女のいうことをまともに取り上げない。逆に、男子生徒が噂を広めたせいで、女教師は嘘つき呼ばわりされて、しだいに四面楚歌になってゆく。

一方、学校の周辺では、若い女ばかりを狙った連続殺人事件が起きていて、犯人はいまだ捕まっていない。男子生徒に襲われたことがきっかけで、この連続殺人事件を担当している刑事と知り合った女教師は、彼の助けを借りて男子生徒の裏の顔を明らかにしようとするのだが、刑事と恋愛関係にあることが公になると、彼女の立場はますますまずくなってゆく。男子生徒のことを調べるうちに、刑事は、連続殺人事件の犯人が彼ではないかと疑いはじめるのだが……。


今なら別に珍しくもない話かもしれないが、50年代半ばに撮られた学園ものとしては、この映画は異様に不気味だ。女教師をつけねらう男子生徒には連続殺人鬼の影がつきまとう。しかし、この男子生徒にもまして病的なのは、彼の父親の存在だ。妻に逃げられ、男性としての自分に自信が持てないかれは、息子に男らしさを過剰に要求する。それが息子を怪物に育て上げてしまったのだが、実は、この父親こそが最大の怪物だったのだ。

この映画に描かれる人物のファッションや髪型、流れている音楽は、非常に50年代的である(当たり前だ、これは50年代の半ばに撮られた映画なのだから)。しかしここに描かれる世界は、当時のメディアが広めようとしていたバラ色の50年代のイメージとはほど遠い。テクニカラーが、ほとんどパロディかと思うぐらい陳腐に、華やかな50年代のイメージを捉える一方で、コントラストの強い画面がそこかしこに濃い陰を作り上げている。キャメラはしばしば漆黒の闇のなかに置かれ、ヒロインはまるで罠にかかるようにその闇の中に閉じ込められてしまう。

これは、カラーで撮影されたフィルム・ノワールといってもいいだろう。ただ、DVD の画質はお世辞にもいいとは言えず、おまけに、ワイド画面ではなく、レターボックス・サイズになっている。全体的に平板な画調で、だから、暗い画面も、ひょっとしたら単に暗部が再現できてないだけなのかもしれない。凡庸に思える色遣いも、ちゃんとした状態で見ればまた印象が変わるのだろうか。


女教師を演じているのは、かつてMGMで水着の女王として名をはせたエスター・ウィリアムズ。MGMとの契約がちょうど切れたときに、ユニヴァーサルから持ちかけられた企画がこの映画だった。MGMでのマンネリな役柄にうんざりしていた彼女はこの企画に飛びつく。映画は興行的には失敗するが、ウィリアムズは水着の女王以外にもちゃんと演技ができることを、このドラマティックな役を見事にやりきることで証明したと思う。しかし、この作品は、結局、彼女の俳優としてのキャリアのほとんど最後の作品になってしまった。

一方で、女教師を付け狙う男子生徒役を演じているジョン・サクソンにとっては、この映画が長い映画俳優としてのキャリアのほとんど最初の作品となる。

もう一つ付け加えるべきなのは、この映画の原案を書いたのが、あの『ヒズ・ガール・フライデー』の女優、ロザリンド・ラッセルだということだ。別の映画の仕事があって、結局、彼女はこの映画には参加できなかった。『狙われた女』のダークで病的な雰囲気は、彼女のイメージとはまるで合わないのだが、彼女が書いた原案は、映画以上にもっとダークなものだったらしい。しかし、それをあまり詳しくいうとネタバレになってしまうのでやめておこう。