明るい部屋:映画についての覚書

日々の映画鑑賞と研究の記録、最新DVD情報などなど。ときどき書評めいたことも。


このサイトはPC用に最適化されています。スマホでご覧の場合は、記事の末尾から下にメニューが表示されます。


---
神戸映画資料館「連続講座 20世紀傑作映画再(発)見」第15回
国辱映画『チート』とサイレント時代の知られざるデミル
詳細はここで。

---

評価の目安:

★★★★(大傑作、あるいは古典)
★★★(傑作、あるいは必見)
★★(見たほうがいい)
★(興味深い)

(基本的に、興味のない映画はここでは取り上げません。なので、ここで話題にしている時点で、それなりに見る価値はある作品であるといえます。)

ウジェーヌ・グリーン『La Sapienza』についての覚書


ウジェーヌ・グリーン『La Sapienza』(2014)
★★½


ただの覚書。


ほとんど棒読みのような抑揚のない台詞回し(アルティキュラション、書き言葉的なリエゾン)、カメラに真正面向いて話す俳優たち、そのミニマムな演技。似て非なるものだとあらかじめ断った上で、「ブレッソン的」と言いたくなる禁欲的スタイル(あるいは、『繻子の靴』のオリヴェイラ)。それでいて、ブレッソン作品のような画面連鎖のサスペンスは皆無。要するに、いつものウジェーヌ・グリーン……。
といえばそれまでだが、なかなかに興味深い内容で、最後まで飽きずに見られた。成功作といってもいいだろう。実際、このアメリカ生まれのヨーロッパ映画作家の長編第5作目となる本作は、彼の映画としては例外的に、映画祭などを中心に世界各地で頻繁に上映され、アメリカにおいても、グリーンが本格的に紹介されるきっかけになった。


『La Sapienza』を一言で言うなら、ウジェーヌ・グリーン版「イタリア旅行」とでもいうことになるだろうか。

名誉ある賞を受賞したパリ在住のスイス人建築家が、冷え切った関係になっていた妻を伴ってイタリアに旅立つ。彼の目的は、かねてより執筆を考えていたイタリアバロック盛期の建築家フランチェスコ・ボッロミーニの足跡を訪ね直すことだった。旅の途中、マジョーレ湖のほとりで、夫婦は、偶然、若い姉弟(あるいは兄妹)と出会う。「時代遅れの」謎の病に悩まされている姉を妻と共に後に残して、建築家は、建築家の卵だという弟のほうと、男二人でローマへと旅を続けることになる(ちょうどロッセリーニの『イタリア旅行』のバーグマンとサンダースが、イタリアでいったん離れ離れになるように)。二人の間にやがて師弟関係のようなものが生まれる。建築家は、若者に建築について教えているつもりが、実は、本当に教えられていたのは自分のほうだったことに気づく。建築においても、結婚生活においても、行き詰まり、意味を見失っていた彼は、旅の最後に、芸術の、人生の意味を新たに見出す。一方、建築家の妻と病気の姉は、モリエールの『病は気から』を観劇に出かけ、この劇の中に生へのヒントを見出していた。


知と光、愛と人生をめぐる省察

建築とは光と人を迎え入れる空間である……。

"“To me, it’s obvious that it’s there. But that’s the Baroque way. In the Baroque period, there was no longer the feeling that God was visible in the world. God was hidden, like in Caravaggio: never a representation of God, always a light that comes from an invisible source. So that’s my way of expressing divinity in the modern world through cinema. It’s present, not through visual things, but in what the characters go through, the architecture, the movement of the camera. I don’t feel a need to have a direct discussion about it." (Eugene Green)


フランチェスコ・ボッロミーニの神秘主義とボロニーニの合理主義の対立(名前が似ているので混乱する)。
「わたしはボロニーニだ」(ボッロミーニではなく)と建築家は言う。ボッロミーニにあこがれるボロニーニ……。(モダンで合理主義的、物質主義的、官僚主義的なパリの描写から映画が始まっていたことを想起。)


作品のタイトルは、ボッロミーニの代表作のひとつ、サンティーヴォ・デッラ・サピエンツァ聖堂から取られている(映画のポスターなどに使われている写真に写っている建物)。チャペルの鍵をめぐるエピソードがユーモラスだ(グリーン自身の体験から来ているらしい)。


ウジェーヌ・グリーンについては、かつてこことかここに書いた記事を参照。