明るい部屋:映画についての覚書

日々の映画鑑賞と研究の記録、最新DVD情報などなど。ときどき書評めいたことも。





























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評価の目安:

★★★★(大傑作、あるいは古典)
★★★(傑作、あるいは必見)
★★(見たほうがいい)
★(興味深い)

(基本的に、興味のない映画はここでは取り上げません。なので、ここで話題にしている時点で、それなりに見る価値はある作品であるといえます。)

ホン・サンス『女は男の未来だ』


ホン・サンスの『女は男の未来だ』を見るため久しぶりに動物園前シネフェスタにいく。地下鉄の動物園前で降り、劇場に一番近い5番改札口をでるとき、いつもローマのチネチッタのことを思い出してしまう。むかしいったチネチッタの地下鉄の駅がわたしの記憶のなかではたしかこんな感じだった。なんか寂れた感じがよく似ているのだ。

アミューズメント・ビルとしては完全に破綻しているフェステバル・ゲートは相変わらずどの店のシャッターも閉め切ってあって、人気が全くない。数ホールあるシネマ・コンプレックス型の映画館のロビーにも待っている客の姿はまばらだ。その回は結局全部で10人もいなかっただろうか。勢いのある韓国映画といっても、テレビ・コマーシャルも流れていない作品と落ち目の映画館が組み合わさればこんなものだ。

『気まぐれな唇』は見逃しているので、ホン・サンス作品を見るのは『豚が井戸に落ちた日』(96)以来になる。そのときの印象と大きな違いはなかった。『豚が井戸に落ちた日』はタランティーノふうの構成が記憶に残ったが、今度の作品はロメールふうだ。物語よりも、待ちのポジションのキャメラの使い方などにロメールの影響がうかがえる。たとえば、画面の右側をじっとみている男の姿をとらえたショットのあとに、そこに歩いてくるソナのショットが続くといった具合。『豚が井戸に落ちた日』のときに才能ある監督だと思ったが、やはりなかなかのものだという気がした。しかし、同時に、いかにも小粒だなという印象は否めない。ロメールの映画にあるような哲学もフォルムの強さもないし、将来『グレースと公爵』を撮りそうな器の大きさも感じられない。

グレースと公爵


タイトルはアラゴンの一節から。女は男の未来だというタイトルとは裏腹に、男たちはだれもが過去にこだわっている。そのうじうじぐだぐだ具合を楽しめればいいのだが、いまひとつユーモアに欠けるところが惜しい。