明るい部屋:映画についての覚書

日々の映画鑑賞と研究の記録、最新DVD情報などなど。ときどき書評めいたことも。


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神戸映画資料館「連続講座 20世紀傑作映画再(発)見」第15回
国辱映画『チート』とサイレント時代の知られざるデミル
詳細はここで。

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評価の目安:

★★★★(大傑作、あるいは古典)
★★★(傑作、あるいは必見)
★★(見たほうがいい)
★(興味深い)

(基本的に、興味のない映画はここでは取り上げません。なので、ここで話題にしている時点で、それなりに見る価値はある作品であるといえます。)

豊田四郎『雪国』


OS劇場のモーニングで上映される豊田四郎の『雪国』を見に大阪に向かう。電車の通路に吊革につかまって立ってると、窓ガラスに女性が正面を向いている姿が映っているので、横を見たらだれもいなかった。後ろを振り向くと、こちらに背中を向けた女性が立っている。その前のガラスに彼女の正面を向いた鏡像が映っている。わたしが見たのは、その鏡像がわたしの前のガラスに反射したものだった。影の影を見ていたわけか、と思ったとたんに電車がトンネルを抜け、幻は消えてしまった。

『雪国』はトンネルのなかに入った列車が、暗いトンネルを抜け、その出口の先にまばゆい雪の世界が広がっているところから始まる。

たしか『声に出して読みたい日本語』だったか、川端康成の『雪国』の冒頭が引用されていて、「国境の長いトンネルを抜けると」という部分に、「こっきょうの」というルビが最初ふってあったのだが、あとで間違いを指摘されて「くにざかいの」と訂正されたという話を聞いたことがある。体育会系の人間がこんな本を書くと恥をかくという例。余談だが、香山リカがこの本はプチナショだというのは正しい。

暗い顔をして列車の外の景色を見つめていた池部良が、窓ガラスに映っている女性の姿にふと気づく。しかし、キャメラはなかなか切り返さないので、これはひょっとしたら彼の記憶のなかに写っている女性なのだろうかと思い始めたとき、ようやく通路を挟んで反対側の座席に座っている八千草薫を映し出す。ふたりのあいだにとくに言葉が交わされることもなく、列車は目的地に到着する。

駅の待合室のガラス窓に、いま到着したばかりの列車から降りてくる人々を思い詰めたような顔で見ている女の顔が映っている。やがて外側から窓ガラス越しにキャメラが女の顔をとらえた切り返しショットが、この物語のヒロインとなる岸恵子の顔を正面から映し出す。池部良の人生に決定的な影を落とすことになる二人の女性は、ともにガラス窓に映った影として画面に登場するわけだ。